真岡市の空襲

真岡町(山前村、大内村、中村)二宮町(物部村・久下田町・長沼村)≫  

≪ ≫内の黒文字は、域内の昭和20年当時の市町村、紫字は20年以降( )内の市町村が合併して成立した市・町名


昭和20年7月10日

 

 当日の午前5時ごろから午後5時ごろにかけて米軍機は関東地区に波状攻撃をかけました。県内では、宇都宮市や大田原市、那須塩原市の飛行場が攻撃の対象がとなったのですが、その際真岡市の柏田の畑地に2発の爆弾が投下されましたが被害はありませんでした。

 

昭和20年7月12日

 

 宇都宮を襲った(宇都宮の空襲の項参照)B29爆撃機の隊編は、真岡市常盤町一帯に焼夷弾を投下した。芳賀病院、真岡中学校(現・真岡高校)を結ぶ線上の、の複数の地点から火の手が上がりました。この焼夷弾投下により同地区内の芳賀病院、駅前の食料検査所、丸通の倉庫、及び民家30~40戸が焼失しました。1名の死者を出しました。